宮野たかよし
入れ歯は生きています。正確にいえば、使う人によって生きた入れ歯にもなれば、死んだ入れ歯にもなります。一つの入れ歯ができ上がったから、それで終わりというわけではありません。むしろでき上がったときから、その入れ歯は命を吹き込まれるといってもいいでしよう。
入れ歯を使い続けていくと、だんだん合わなくなってきます。歯ぐきが衰えたり粘膜が減ったりして、使う人のからだが変化すると同時に、入れ歯自体も磨耗するからです。人間のからだも入れ歯も変化し続けているのですから、少しずつズレが出てくるのは自然のことです。
しかし、合わなくなったから新しいものをつくるのではなく、そのつど入れ歯を修理し、調整して、使ってほしいのです。自分に合う入れ歯に調整しながら使い続けて初めて、入れ歯は生きてきます。自分のからだと一体になるのです。
なぜ私がこんなことをいうのかというと、一つひとつの入れ歯を真剣勝負でつくっているからです。
同じ入れ歯は、二つとありません。そして入れ歯の一本一本はすべて体から計測された歯で、あるべき位置と大きさが決まっています。それを割り出すのは大変な作業です。とくに最近はむずかしい入れ歯づくりが増えて、一つつくり終えると精も根も尽き果ててしまいます。
まさに私にとって入れ歯づくりは、身を削るようなものなのです。
こうしてつくった入れ歯を、縁があって私のところに来られた方々に使っていただいています。私はこの縁を大切にし、最後まで自分がつくった入れ歯の面倒をみたいと思っています。
私が健康で生かされている限り、そして入れ歯をつくる環境に置かれている限り、入れ歯は補修され、生き続けていくのです。
宮野たかよし
~「入れ歯至急相談室」より~